先日の土曜日の午前中、車を運転していたときのことです。
信号のない横断歩道に差しかかると、左手に小学生の姿が見えました。横断しようとしていることに気付き、私は車を止めました。反対車線からは一台のバイクが近づいてきましたが、その運転手さんもすぐに子どもの姿に気付き、横断歩道の手前で止まりました。ここまでは、決して珍しい光景ではありません。
ところが、その後のその子の姿に、私は思わず心を動かされました。その子は、すっとまっすぐに手を上げて横断歩道を渡り始めました。そして、私の車の前を通るとき、フロントガラス越しに私の顔を見ながら丁寧にお辞儀をしてくれたのです。さらに反対車線まで進むと、今度はバイクの運転手さんの方を見て、同じように丁寧にお辞儀をしてから渡っていきました。
ほんの数秒の出来事です。それでも、なぜか私はとてもあたたかい気持ちになりました。そして、バイクの運転手さんもきっと同じ気持ちだったのでしょう。すれ違うとき、全く面識のない私たちは自然にお互いに笑顔で会釈を交わしていました。一人の小学生の小さなお辞儀が、その場にいた大人二人の心までつないでくれたように感じました。
学校では時折、「今日はお客様が来られるので、きちんと挨拶をしましょう」と子どもたちに声をかけることがあります。もちろん、それも大切な指導です。しかし、あの日出会った子どものお辞儀は、誰かに「しなさい」と言われたからしているようには見えませんでした。車が止まってくれたことに対して自然に感謝し、その気持ちを表すことが、もうその子自身の中に身についている。そんなふうに感じました。
私は全校朝礼などで、子どもたちに、「あなたたちは、人を感動させる力を持っています」と話すことがあります。大きなことを成し遂げなければ、人を感動させることができないわけではありません。元気な挨拶をすること。困っている人に声をかけること。誰かのために少しだけ手を貸すこと。そして、「ありがとう」という気持ちを、態度や言葉で表すこと。そんな一つひとつの小さな行動が、誰かの一日を明るくしたり、心をあたたかくしたりすることがあります。
あの日の小学生は、まさにその力を持っていました。幼い頃に身につけたものは、やがてその人の「当たり前」になっていきます。誰かに見られているからするのではなく、褒められるからするのでもなく、自然に相手を大切にできること。そうした心や振る舞いは、きっと一生その人を支えてくれるものだと思います。
学力を育てることは、もちろん学校の大切な使命です。けれども同時に、人を思いやる心や、感謝する心、周りの人を少し幸せな気持ちにできる力も、子どもたちの中にしっかりと育てていきたい。小さな横断歩道での出来事でしたが、そんなことを改めて考えさせてもらいました。
あの子に直接「ありがとう」と伝えることはできませんでしたが、私の心には、今もあの丁寧なお辞儀が残っています。