先日、SNSを眺めていると、ある一人のサッカー選手の話が目に留まりました。
セネガル出身のサディオ・マネ選手です。世界のトップレベルで活躍し、大きな収入を得るようになった彼ですが、故郷に学校や病院を建て、困っている人々への支援を続けています。
彼の言葉として、こんな趣旨のものが紹介されています。
「なぜ10台のフェラーリや20個のダイヤモンドの時計、2機の飛行機が必要なのだろう。それが私や世界のために何になるのだろう。」
自らも貧しい環境で育った彼は、今、自分が得たものを人々のために使っています。この話を知って、私はウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領のことを思い出しました。「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれながら、質素な生活を続け、「本当の豊かさとは何か」を世界に問いかけた人です。この二人に共通しているのは、持っているものの「多さ」ではなく、「何のために使うのか」を大切にしていることではないでしょうか。私たちは、一人ひとり違うものを神様からいただいています。勉強が得意な人。スポーツが得意な人。絵を描くことが好きな人。人を笑わせることが得意な人。困っている人にそっと声をかけられる人。それらはすべて、その人に与えられた大切な「賜物」です。
では、その賜物を何のために使えばいいのでしょうか。自分が一番になるため?たくさんのお金を得るため?人から「すごい」と言ってもらうため?
もちろん、自分の夢に向かって努力することは素晴らしいことです。でも、その先に、「自分に与えられたものを、誰かの幸せのために使う」という生き方があることも、子どもたちには知ってほしいと思います。
サディオ・マネ選手のすごいところは、サッカーが上手なことだけではなく、その生き方なのだと思います。神様からいただいた自分の賜物を磨き、その賜物によって得たものを、また誰かのために使う。そんな生き方のできる人を育てること。それも、私たちの学校が大切にしたい教育の一つです。
「あなたには、どんな賜物がありますか?」そしてもう一つ。
「その賜物を、いつか誰のために使いたいですか?」
子どもたちと一緒に、私自身も考え続けたいと思います。