新しい学年が始まり、ひと月が経過しました。子どもたちはそれぞれ、新しい一歩を踏み出しています。
少し緊張した表情で教室に向かっていた子が、友だちと笑顔で話すようになっていたり、初めての学習に戸惑いながらも、少しずつ自分から取り組もうとしていたりします。そんな子どもたちの姿に触れるたびに、学校で育てたいものは、目に見える成果だけではないのだと改めて感じます。
皆さんは、Viktor Frankl(ヴィクトール・フランクル)の、
「幸福は、追い求めるものではなく、自分なりの意味や役割を見つけながら生きる中で、自然と生まれてくる」
という言葉をご存じでしょうか。
フランクルは、「幸福とは、何かを次々と手に入れることで生まれるのではなく、自分なりの意味や役割を見いだしながら生きる中で、自然と生まれてくるものだ」と語りました。この言葉は、子どもたちにとって本当に大切なものは何かを、改めて考えさせてくれます。
現代は、どうしても「もっと」という思いに囲まれやすい時代です。
もっとよい成績を。
もっと多くの経験を。
もっと高い成果を。
もちろん、目標に向かって努力したり、自分を高めようとしたりすることは、とても尊いことです。しかしその一方で、「今、自分の周りにあるもの」に目を向けることも、同じくらい大切なのではないでしょうか。
友だちと笑い合えること。
「おはよう」と声をかけてもらえること。
失敗しても、「大丈夫」と受け止めてもらえること。
自分の頑張りを誰かが見てくれていること。
子どもたちは、そして私たち大人も、本来、そのような小さな喜びを感じ取る力を持っているはずです。けれども、大人になるにつれて、目の前のことで精いっぱいになったり、つい「もっと」を求めたりする中で、日々の小さな幸せを見落としてしまうことがあるのかもしれません。
そして時には、私たち大人自身の「こうあるべき」という基準で、子どもたちを見てしまうこともあるのではないでしょうか。もっとできるようになってほしい。もっと頑張ってほしい。その願いは、子どもを思うからこその願いです。しかし、子どもたちは、一人ひとり違う歩みの中で成長していく存在です。
本校が大切にしている「安心して挑戦できる環境」も、単に多くのことに挑戦させることが目的ではありません。誰かと比べ続けるためではなく、自分に与えられた良さに気づき、それを周囲の人のために生かしていける人になってほしいと願っているからです。
創立者 聖マリ・ウージェニーは、「神さまからいただいた恵みを自由に開花させなさい」と語りました。一人ひとりに与えられている良さは、誰かと比べるためのものではなく、互いをあたたかく照らすためのものなのだと思います。
子どもたちには、「もっと持つこと」だけではなく、「今あるものの大切さ」に気づける心を育んでほしい。そして、自分の毎日の中に、小さくても確かな意味を見いだしながら、自分らしく歩んでいってほしいと願っています。